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事変

未来で会えるよ

7年前、渋谷無限大ホールに見ていた夢のお話

お笑い

 

  私がまだ中学生だったとき、世は空前のお笑いブームだったと思う。

 TVをつければ毎日のように若い芸人たちがネタを披露しているのが普通だった。M-1グランプリがあった翌日は当然のようにあちこちその話題で持ちきりになっていたし、漫才の頂点だけでなくコントでも1位を決めようとキングオブコントが始まったのもその頃だった。

 面白いネタはすごい勢いで広まって、知らぬ間に消えていった。その構図は今でも変わらないけれど量が今よりも圧倒的に多く回転も早かったと思う。良いとか悪いとかじゃなくて、事実としてそういう時代だった。名もない芸人が赤いベルトコンベアーのようなものに乗って1分間のショートネタをただ次々と披露していく番組は、そんな笑いの大量生産大量消費を繰り返す世の中を体現していたような気もする。


 
 彼らを知ったのは、私がそんなお笑いの旋風が巻き起こる時代に飲み込まれていた時だった。

 当時渋谷無限大ホールでは、面白さによってランク付けされた若手芸人たちがより上のランクを目指してネタの面白さを競う「AGEAGELIVE」、そしてそのAGEAGELIVEで最上位のランクになった芸人が自分たちのやりたいことを企画できる*1シチサンLIVE」が行われていて、当時中学生だった私は部活や塾の合間を縫ってそのライブの生配信を食い入るように見ていた。

 その頃の無限大ホールにはお笑いの面白さだけでなく、なんだか大学生の創作活動を見ているような面白さがあったように思う。出演者はまだ日の目を見ていない芸人ばかりで、売れたい売れたいと嘆きながらもいつも何かを得よう生み出そうとしていて、ステージの上だけでなく日々生きている中で起きる面白いことを一滴も溢さないように面白がって話しているのを見るのは本当に楽しかった。

  MCの芸人が好きなことを企画できるシチサンLIVEでは、ただ少女漫画のような妄想をするだけのコーナーをしてみたり、即興で歌を作ったり、お題と役だけを決めて30分のエチュードをしてみたり、お酒弱い人だけで飲み会をしてベロベロの状態でゲームをしたり、ひたすら歌って踊って寝て泣いて…みたいなことが毎日のように繰り返されていた。彼らのトークは無限大ホールに出入りしている芸人をよく知っていないとわからないような話ばかりだったし、ある意味内輪で楽しんでいるようなものだったのかもしれないけれど、見ている側からも感じ取れる心地よい一体感がそこにはあった。

 

 吉本では年齢に関係なく入所順で上下関係が決まる。といってもほとんどが養成所であるNSCからの入所だから、NSCの何期生なのか、というのが芸歴の判断基準になる。ハリセンボンを筆頭とする「東京NSC9期生」は他の代に比べると人数が多かったのだけれど、その影響もあってか、真っ先に売れたハリセンボンと「爆笑レッドシアター」という番組で人気を博したしずるを『表9期』、その他AGEAGELIVEで下積みをしている9期生を『裏9期』と呼ぶ風潮があった。お笑いコンビ「ライス」もその裏9期のうちの一組だった。

 

 東京NSC9期生の「ライス」というコンビは、全く華のない2人によって構成されている。2人が並んでいる姿は華もなければ迫力もないし地味だけど、シュールなネタと2人のキャラクターとトーク力、そして圧倒的な企画力からAGEAGELIVEにでている芸人の中では結構人気があったと思う。

 彼らは「しずる」とNSC時代から同じクラスで仲が良く、お互いシュールなネタをすることもあってライバルのような関係で、一緒にLIVEをすることもあったしよく遊んだときの話もしていた。そんな同期のしずるが売れたとき、ライスは当時彼らを羨みながら「売れたい」という言葉を何度も口にしていた。

 私はそんなライスがすごく好きだった。7年前彼らのシチサンLIVEで、9期生が集まって1年目の頃の会話を再現したり、1年目の頃のネタを当時の相方と披露するという、ただ9期生が楽しそうにしているだけな企画があった。しかしハリセンボンもしずるも仕事が忙しく、当然のように「裏9期」だけの企画。9期生が集まると必ず面白いことが起こっていたから、ファンの中では「いつかライブの企画だけじゃなくてアメトーークで東京NSC9期芸人やってほしい」というのは割と当たり前にある感情だったと思うけれど、それは彼らが売れなければ実現しないことだった。

 

 いつか、いつか、と思い続けているうちに7年という時間が経ってしまった。7年の間にAGEAGELIVEとシチサンLIVEは終了し、私も高校に進学して何倍も忙しくなって、気づけばお笑いのブームもすっかり終わってしまっていた。そんなブームの収束とともに私はお笑いから離れてしまった。嫌いになったわけではなかったから、当時大好きだった芸人たちがどんどんTVに出て売れる姿を見られるようになった一方で、同じように大好きだったコンビやトリオが解散したという情報を何週間も何ヶ月も遅れて知るたびに、どうしようもなく胸が痛んで「もう好きだった時代は戻ってこないんだろうな」「あの頃に戻りたいな」と寂しくなった。

 

 そんな複雑な気持ちを抱えていた2016年秋。今年のキングオブコント。ライスとしずるが決勝に進出するという情報が舞い込んできた。

 

 

 

 ここ数年でエリートヤンキーとエレベーターマンションとジューシーズという9期生のコンビとトリオが解散した。誰が解散してもそう言われがちではあるけれど絶対に解散しないと思っていた人たちがいなくなっていく、そんな状況でのこの朗報は、NSC時代から13年間変わらず頑張り続けているライスが見せてくれた希望だと思った。しかも彼らの長年のライバルであるしずるも一緒だなんて、こんなことがお笑いブームも過ぎ去ってしばらく経つ2016年に起こるのか、と考えるだけで涙が出そうになった。

 

 

 決勝のファーストステージはトップバッターがしずる、ラストがライスの発表順だった。

 こわばった顔の芸人たちが、次々と自分たちの渾身のネタを発表してゆく。私は面白いのか面白くないのか判断がつかなくなるくらい緊張していて、ただ必死に気持ちを落ち着かせてライスに順番が回って来るのを待つしかなかった。

 そして彼らがネタを披露する時がやってきた。そのときしずるは暫定5位。ファイナルステージに進めるのは上位5位まで。そう、しずるかライスどちらか一方しか勝ち上がれないという展開になっていたのだった。

 

 

 

 結果ライスは1位タイでしずるを蹴落としてファーストステージを通過し、ファイナルステージで優勝を決めた。

 ライスがしずるを下剋上し、優勝までしてしまった。あの『裏9期』のライスが、『表9期』のしずるに勝ったのだ。もちろんこういう勝負事は発表順や運やいろんなことが混じって結果につながるのだけれど、それでもライスが優勝したという事実がちゃんとあった。抑えきれない興奮に、私は何かが少しずつ良い方向に変わっている気配を感じ取った。

 

 

 気づけば同期の菅良太郎がいるパンサーが売れていた。代は違うけれどピースや平成ノブシコブシジャングルポケットがテレビに出るようになって、いろんなコンビやトリオがAGEAGELIVEから輩出されていった。彼らは若手芸人の中では華がある人たちでもちろん面白かったけれど、M-1グランプリキングオブコントTHE MANZAIで賞を勝ち取ったわけではなかった。

 だけど昨年のトレンディエンジェルM-1グランプリ優勝、そして今年のライスのキングオブコント優勝で流れが変わってきたように思う。賞を取れば、面白いという事実がきちんと歴史に刻まれて残る。この2組の優勝は間違いなく当時無限大ホールで一緒に無茶なことをやっていた芸人たちにとって意味のあるものになっているに違いない。一歩一歩、あの頃夢見ていた未来に近づいている予感がした。

 

 

 

 

 

 こんなにいろんな人にいろんな感情を抱かせるのはやっぱり華がなくて地味なライスだからであって、13年間周りが解散したり辞めたりする中まっすぐに頑張ってきたライスだからなんだろな。そう思わせるライスはすごいよ。

 

 今夜「アメトーーク」でハリセンボン同期芸人、つまり「9期芸人」が放送される予定になっている。確実にあの頃夢として語られていたことに、現実が近づいている。そしてなんとジューシーズを解散した後、裏方の仕事をするようになった同じく9期生の松橋周太呂が放送作家として携わっているらしい。

 

 

 7年という時間は本当に長くていろんなことがあったけれど、ずっとずっと未来に今想像もできないような楽しいことが待っているかもしれない。9期生を通してそんな風に考えられるなんてもうめちゃくちゃ幸せだ。そして、まだ日の目を浴びていない、当時大好きだった人たちが明るい未来を見せてくれる日を私は待っていたい。

 「あの頃に戻りたい」って思うこともあるけれど、大事な思い出は全部宝箱にしまっていつでも取り出せるようにしておけば、いつか必ず幸せになれるって思いたい。

 

 当時の無限大ホールの思い出だけじゃなくて、今大切なものもきっとそうだって信じている。

 

 

*1:途中、MCは隔週のレギュラー制になった